editor: 佐伯 章
『学園都市くにたちNews』
Vol.2
1999/3/1発行
発行人:重松ともひろ
● 1972年、福岡市生まれの26才
● 1990年に上京するまで愛媛県松山市で育つ
● 一橋大学商学部に在籍。
● 大学図書館での勤務を経験。
● 大学や地域の人々のネットワークを通じて、自治・環境・人権・平和活動に関わる
● 国立市東1丁目のアパートで一人暮らし
● 趣味:街歩き (タウンウォッチング)
野球 (パ・リーグ) 観戦
バドミントン
〒186 国立市東1-19-9-B22
��/fax : 042-577-6759
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【地域に開かれた大学を、学園都市のまちづくりの核に】
【学園都市は単なるブランド?】
国立の街は「学園都市」「文教都市」というクリーンなイメージで広く知られています。
市の北部3分の1を占めるエリアは、70年前にドイツのゲッチンゲンをモデルにして、学生と教職員が居住する、理想の大学都市として開発・分譲されました。
■ 市民自治のさきがけ、「文教地区」制定運動
朝鮮戦争の頃、立川基地から流れてくる米兵を相手とした風俗営業に対して、母親たちや一橋大の学生・教員が立ち上がったのが「浄化運動」です。それは一方で排外的・保守的な側面を持っていますが、普通の市民が普通に政治に関わり「まちの未来はそこに住む人々が決める」という、国立の自治の歴史の最初の一歩を記したものでした。その後、「開発よりも環境」 という考え方は 「文教地区」 として実を結び、今日まで乱開発に一定の歯止めをかけ続けています。
■ まちの中心、一橋大学
学園都市の中心を占めるのが、6000人の学生を抱える一橋大学です。
一橋大学は、極端に公園の少ない市街地にあって、質・量ともに十分な自然環境を提供し、市民の憩いの広場としての役割を持ち続けてきました。また、ロマネスク様式の歴史的建築が多く残り、市内の重要な景観スポットになっています
■ 地域と切れた大学
一橋大学は、国立に移転してきてからずっと地域の発展とともに歩んできました。しかしここ最近、地域との関係は徐々に薄らいできています。
ここ5年ほどの間で再開発によりキャンパスの風景が一変しましたが、市民と大学との接点はもたれないままでした。
常に門が開け放たれ、柵のないキャンパスは、70年代に最初に柵が設けられると、一部の門の閉鎖→柵の強化→建物の施錠厳重化→正門以外の門の夜間の閉鎖となって現われ、最近ではキャンパス内の市民が追い出されるトラブルも頻発しています。
盗難や喧嘩などのトラブルがあることは事実であり、市民利用者の追い出しではないかたちでのルールづくりが求められます。そのためにも、市民・行政・大学間の協議の場が恒常的にもたれる必要があります。
■ 大学施設の地域開放を!
一橋大学キャンパスの一部は市の「都市計画公園地域」に指定されていますがいまだ整備される見込みはありません。雑木林の管理や水辺空間づくりについて市民参加の管理システムで運営していくことはできないものでしょうか?
大学図書館を地域の市民に開放している大学が増えてきています。一橋大の図書館はこれから十年がかりで建物・システム双方が一新されます。地域への開放を考えるよいチャンスです。
兼松講堂は、千人以上のキャパシティを持つ市内最大の施設です。
従来、国立大学の施設開放は「国有財産管理」の面で難しい問題がありましたが、今年1月、文部省も国立大学の施設を休日開放する方針を決めるなど、国レベルでも体制が整備されつつあります。
■ 地域に貢献する大学を!
15年前から一橋大学では市民を対象にした「公開講座」が開かれるようになりましたが、近年はマンネリ化しつつあります。生涯学習時代を迎え、カリキュラムや運営方法まで踏み込んで市民が参加できるシステムが必要です。
また、大学では日々様々な研究活動が営まれています。その成果を研究室や学会の中だけにとどめておくのではなく、より積極的・体系的に地域に還元していくことは、学問研究の活性化にもつながります。
国立の街は「学園都市」という、他の都市にはない財産を持っています。それをハード面でもソフト面でも有効に活用することによって、地域社会の発展の可能性はさらに広がるでしょう。
【学園都市くにたちの歴史】
1926年 東京高等音楽学院(現・国立音大)が移転。
1927年 東京商科大学(現・一橋大)国立校舎が完成。
1928年 日本最初の精神薄弱児施設、滝乃川学園が開校。
1941〜45年 アジア太平洋戦争。市内の大学・学校は軍に接収される。
1951年 「浄化」運動が一橋大・国立音大の学生・教員をまきこんで盛り上がる。
1952年 「文教地区」制定。
会長に一橋大学長、副会長に国立音大理事長および町長を迎え、「文教
地区協会」が設立される。事務所は一橋大学内。'62年頃に活動停止。
1962年 東京女子体育大学開校。
1970年 一橋祭、「市民社会における大学の役割」を掲げて復活。天下市との同
時開催、大学通り歩行者天国、市長と市民の対話集会、都市問題シンポ
ジウムなど。
1970年頃 一橋大学に柵ができる
1978年 国立音楽大学、東村山市に移転。跡地に音大付属高校が移転。
1984年 一橋大学で市民に開放された公開講座が始まる。
1993年 一橋大学佐野書院、市民の保存要求が高まるなか取り壊される。
1996年 一橋大学の1・2年(約2200人)のキャンパスが国立に移転してくる。
【政治はお金がかかるもの? 普通の市民の普通の疑問にお答えします】
これまでの政治活動経費を公開します
「お金をかけない政治」を実現します
1999年1月15日(政治活動開始日)〜3月1日分‥‥127,640円
<うちわけ>
1/15 〜 2/1分‥‥76,260円
『News』発行経費 (2万部)‥‥ 40,000円
書籍・資料購入費 ‥‥500円
拡声器レンタル代 (3ヵ月) ‥‥4,500円
通信費‥‥1,200円
集会・会合参加費‥‥500円
その他・諸雑費‥‥4,660円
◆ 重松朋宏さんを応援します ◆
宇井 純(沖縄大学教員・沖縄環境ネットワーク)
閉ざされた市政に市民自治の新しい風を
【市民に開かれた市政・議会】
・情報公開の徹底と市民参加システム
・夜間・休日議会の開催
・外国籍市民の市政参加
・「市民参加条例」 の制定
【大学を地域に開放】
・一橋大学の施設・人材・研究をまちづくりに生かす
【開発よりも環境・福祉・人権・平和を重視】
・社会的少数者に優しい街は、誰にとっても安心できる街
・財政問題は教育・福祉の切り捨てではなく市民主導の行政改革で解決
【くにたちを環境自治体の先進都市に】
・環境マネジメントの導入
・地域に密着した商業・農業
・ゴミ排出抑制とリサイクルの推進
・歩行者・自転車優先のまちづくり
『News』前号(特集:議会改革)には、口コミや電話、Eメール等で、多くの市民の皆さんからの反応が寄せられました。
2/21の『朝日新聞』で特集されたように、議員の働きぶりに対する市民の不満は大きいものがあります。国立市議会は、定例会ごとに配布される『議会だより』に一般質問議員の名前さえ載せておらず、これでは議員ひとりひとりの活動をチェックすることができません。ナマの政治から遠ざけられていることが 「政治への無関心」 「政治不信」 の最大の原因だと思います。
■選挙に行こう! それが最初の第一歩!
4.25国立市議会・市長選 ★ 4.11東京都知事選