Information くにたちメモ


商大
谷保と野暮
城山
たまらん坂
怪獣公園
旧甲州街道
映画館
相撲部屋
くにたちのうた
東立川駅
大学通りの工事
西の空のUFO
谷保・YAHO・YABO
国立音頭・国立囃子
大学通り歩道橋建設問題
一橋大学の池落ち
20メートル道路
北の青柳



商大

しょうだい。一橋大学の通称。一橋大学の前身は東京商科大学。 1927(S2)-1930(S5)に現在の位置に移転してきました。 一橋大学と名を改めたのは1949年のことです。
(1999.9.30/AS)


谷保と野暮

広辞苑に、「やぼてん」という言葉の解説が載っています。 「やぼてん・・谷保天神の神像から出た語という。きわめて野暮なこと。またその人。やぼすけ。」 ここでいう谷保天神こそ、谷保の谷保天満宮です。 何故このように言われるようになったのか。 以下、「わたしたちの町国立」郵政国立研究会編著・ぎょうせい よりの引用です。

谷保の天神さまは、ヤボ(野暮)の代名詞のようにいわれている。
むかし、江戸の目白で、谷保天満宮の御開帳(ごかいちょう−御神体を奉安した厨子を開いて公開すること)をしたことがある。 当時は、神社の経営も氏子の寄進だけに頼っていたので、 凶作の年などは祭も出来ないほどだった。 そこで、時の宮司が氏子総代と相談をし、江戸のさかり場で出開帳をして、 なにがしかの賽銭を得ようと言うことになった。 時は神無月である。
出開帳には多勢の参拝者が集まって、この奇策も一応成功を納めたのであるが、 通りがかった一人の男が、次のような狂歌を詠んだことから、話題になった。
  神ならば出雲の国へ行くべきを
     目白で開帳ヤボのてんじん
その人は、狂歌師として有名な蜀山人こと太田南畝であった。 蜀山人は、神様は全部出雲に集まるべき神無月なのに、 江戸くんだりまで出て御開帳をしている谷保天神を、その地名に引っかけ、 なんてヤボな、と皮肉って狂歌にしたというのである。
それ以来かどうかはわからぬが谷保天神はヤボな神さまだと、 谷保天を野暮天にすりかえて口にするようになってしまった、ということである。
(1999.9.30/AS)


城山

現在は公園になっています。 べつに山というほどのものがあるわけでもなく、 城が建っていたわけでもありません。 豪族の館跡だと言われています。
(1999.9.30/AS)


たまらん坂

昭和の始めごろついた名前だと言われています。 当時はもっと急だったらしいです。
(1999.9.30/AS)


怪獣公園

ピーコックそば、矢川上公園のことです。 現在(1999年)より数年前まで、この公園には、 「かいじゅう」の形をした滑り台があったことから、 この名で呼ばれていました。
(1999.9.30/AS)


旧甲州街道

桜通りの北側に、一本の細い道が東西に走っています。 二中の北を走る道です。 この道が、旧甲州街道だといわれています。 たしかにこの道を歩いていると、地蔵やお稲荷さんがよく目に付きます。 また、ひたすら長くのびています。 府中刑務所を通り多摩霊園まで一直線です。
(1999.9.30/AS)
上記古道が旧甲州街道というのは間違いのようです。 旧甲州街道は現甲州街道よりも南側(谷保天神の下)を通っていました。
(2002.2.8/AS)


映画館

現在、国立市に映画館はありません。 最寄りの映画館は、立川の CINEMA CITY です。 映画館はありませんが、公民館では月に一度映画の上映を行っています。 また、富士見通り音高前の居酒屋「木乃久兵衛(577-5971)」でも、 ときおり「キノ キュッヘ」としてインディーなどの上映を行っているようです。 かつては、旭通りに「スカラ座」という映画館がありましたが、 閉館となって随分になります。
(1999.9.30/AS)


相撲部屋

現在、国立市に相撲部屋があります。 荒磯部屋といいます。青柳稲荷そば。河川敷公園北。
(1999.9.30/AS)


くにたちのうた

現在、国立市には市の歌があります。 1999年9月現在、なぜか公式サイトには掲載されておりません。 ですので、こちら の方に、スキャンしたものを用意しました。お楽しみください。
(1999.9.30/AS)
ラトルスネークアニーが歌う「KUNITACHI」のrealaudioは、 こちら
(2000.10.6/AS)


東立川駅

中央線、立川-国立駅間に新駅「東立川駅」を作ろうとする運動がありましたが、 これはうまくいっていないようです。 じつは、かつて、南武線に「東立川駅」が存在していた時代がありました。
(1999.9.30/AS)
参照:柏熊さんの Rail & Bikes
(1999.12.12/AS)


大学通りの工事

一橋大学前、大学通りを大きくふさいで、かなり長い間行われている工事があります。 この工事は下水道工事で、大きなパイプを、大学通りの地下に埋め込んでいっています。 道路をふさぐ建物は、この地下工事現場への入り口です。
現在行われているのは「北多摩2号幹線その17工事」。 工事期間は、1998.1.12-2001.3.31。 でも最終的にいつ終わるかは不明。1996年には、すでに工事は始まっていましたし。
同様の工事が、さくら通りでもおこなわれています。
(1999.9.30/AS)
件の建築物は、2001年3月31日の工事終了をもって撤去されるそうです。 大学通りに上記の旨を記した看板が立てられています。
(1999.12.12/AS)
2001年3月末、工事は終了し、建築物は撤去されました。 撤去中の写真をこちらに納めておきました。
(2001.5.1/AS)


西の空のUFO

夕刻、人々が帰路を急ぐ頃、西の空に怪光が現れることがあります。 雲に照らし出されたその光は、楕円の形を保ったまま、 同じ場所をなんども旋回するような動きを見せます。
実はこれ、立川のパチンコ屋のサーチライトの光です。 霧っぽい日には、光線が地上から雲までのびていくのがよく見えます。
(1999.12.12/AS)


谷保・YAHO・YABO

谷保は、YABOと読めばいいのでしょうか。それともYAHOでしょうか。 駅名にはYAHOとありますが、YABOと呼ぶ人も大勢います。 特に、古くから国立に住んでいる人には、YABOと呼ぶ人が多いようです。
原田氏の「わが町国立」には、 「谷保はYAHOとも読むし、YABOと濁音で言うこともある。 一般的には、後者の呼び方がとられている。」 「谷保駅の名称はもとの村名からとったものなので、YABOと呼ぶのが正しい。 現在の駅表示がYAHOとなっているのは、語韻の感じがよくないということで、 濁音をとって、YAHOと書き換えたのである。」とあります。 歴史的には、YABOが正しいのですね。
(2000.3.14/AS 2000年3月の伝言板より)


国立音頭・国立囃子

夏の夜、風に乗ってやってくる、 国立音頭と国立囃子の歌詞と楽譜をご紹介しましょう。
国立音頭 / 国立囃子
原田しげひさ作詞、市川昭介作曲・編曲。 クラウンレコード PRS-316。レコード盤。500円。 今でも国立楽器で入手できます。
(2000.8.17/AS)


大学通り歩道橋建設問題

30年前、ようやく多摩の田舎街にもモータリゼーションの波が押しよせてきた頃、子どもの安全のために歩道橋建設の要望がPTAから出されたことが発端となり、「大学通りの景観を損なう」から「人を上に上げて車が優先されるのはおかしい」などの反対運動が起き、た。最終的には車イス・乳母車も通れるようにスロープ式の歩道橋が建設された。実際にはあまり利用されていない。しかし大学通りの並木(特に桜)を眺めるにはいいポイント。
(2000.10.6/重松朋宏/radicals掲示板より抜粋転載)


一橋大学の池落ち

一橋祭の恒例行事に「池落ち」というものがあります。 池に飛び込むわけですが。 飲酒の上飛び込む例も多く、危険性が指摘されています。 池落ち禁止に関する資料が
「一橋大学の飲酒・池落ち・セクハラ」(May., 2001)
にあります。
(2001.5.1/AS)


20メートル道路

さくら通りのこと。
(2001.11.14/A.S.)


北の青柳

2001年夏、中央線以北の都営住宅地区において、 「旧青柳村盆踊り」が行われました。 この名称は、一般(?)の国立市民には奇異に聞こえます。 というのも、 国立市では青柳は谷保・矢川あたりの地域名として知られているからです。
実際には、青柳は、 かつては立川・国立市境界において南北に分布していた地名でした。 現在は分断され点在する形になっていますが、 北地区にも名称がイベント名として残っているわけです。
(2001.11.14/A.S.)

皆様の投稿をお待ちしています。宛先は saeki@vrenpo.com まで。

(February 10, 2002)

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